addio

アッディーオ

尊いということ

 

少し前に公園でシャボン玉おじさんを見かけました。車の助手席から見かけただけだったので、もしかしたらお兄さんだったかもしれません。そして公式にそう呼ばれている方だったかもわかりません。

 

夕焼けにさしかかるなかで、藤の絡むベンチや古い遊具の傍で、はしゃく子どもたちに囲まれて次々とシャボン玉を生み出していく。

美しい影絵のようでした。

 

私がやりたいのはああいうことなんだと思いました。手段は違うかもしれません。場所も違うかもしれません。それでも本当に尊いおこないというのは、ああいうことなんだと。