addio

アッディーオ

自然

森のイスキアへ/善くあろうとすること

聖母マリアさまに見守られているかのような場所に行ってきた。 まず目に入ったのは白樺の木立、早くも紅葉が始まりかけている大きな木々と山野草であろう小さな花々。そして木で造られた家。中ではスタッフの方が忙しそうに、しかしあくまでも穏やかに働いて…

八月は残酷な月

八月が終わる。夏が終わる。夏の終わりには、胸を切り裂かれるような痛みが襲ってきた。いつだってそうだった。 北国の夏は短い。 秋は来たる冬(豪雪)に向けての序章のようなもので、冬とひとつづきの季節のようだ。 春はどの季節からも独立している。「春…

境界線

海は生と死の混沌とした秩序を抱えている。 たとえば浜辺で死体を見たとして、衝撃は受けても、驚きはしないだろう。 海には生と死があって、それは地上よりもおぼろげに、しかし当たり前に存在している。 生死「そのもの」、そのものの海、生であり死でもあ…

写真に写せないもの

わたしはかつてそこに住み、沈黙が積み重なった、道路沿いの細長い牧草地があるのを、納屋のうしろから見たことがあった。突然、雄鶏の背後の草原に、静けさが盆のように積み重なっているのを見たのだ。その緑なす牧草の原は、あたりに均等に蒔かれた沈黙を…

チューリップの花びら

チューリップという花の存在に齟齬を感じていたのは、いつからだったろう。たぶん成人してからだったと思う。 きっかけは食卓に飾られた赤いチューリップの花びらがつやつやとしたまま落ちて、その花びらがやけに色艶めいて見えて胸がどきどきしたこと。庭の…