addio

アッディーオ

蝶の墓

私が彼女の言葉に出逢ったとき、彼女はすでにこの世にいなかった。 いなかった?違うな。いる、けれども、人間ではなくなっていた。私たちが知覚できる生物としての人間。私は彼女の言葉に出逢い、彼女の世界の一部を取り込み、いまは彼女の一部を肉体と精神…

幻視と蝶々

私が中本道代さんの詩に惹かれるのは、二重の世界をしっかりと描いているからだ。文学界では「幻視」と分類されるのだろうか。幻のように立ち現れる世界の断片。いくつもの世界は玉ねぎのように重なっていて、それに気づかない人も、気づく人も、いろいろな…

剣と牙

身体性を持たない、現場を知らない、そう言われました。 その通りです。 私は大きな物語が終わってから生まれました。私が暮らすのは物語終演後のステージセットの中。 私に役割はありません。 私の行為が全体に寄与することはありません。私の行為が外部か…

繭のそと

友人と国立西洋美術館のルーベンス展に行く予定なので、二階堂奥歯『八本脚の蝶』の二〇〇三年一月二十八日(水)の文章を読む。 二年前の冬、知人と上野の国立西洋美術館で「死の舞踏」展を見てから、美術館内のレストランに行った。 (中略) 彼女は笑った…

麦の海に

わたしが少女であったころ、 わたしたちは灰色の海に浮かぶ果実だった。 わたしが少年であったころ、 わたしたちは幕間のような暗い波間に声もなく漂っていた。 開かれた窓には、雲と地平線のあいだの梯子を登っていくわたしたちが見える。 麦の海に溺れるわ…

雑記

お前が生まれた日、お前は嫌われて野に捨てられた。しかし、わたしがお前の傍らを通って、自分の血の中でもがいているのを見たとき、わたしは血まみれのお前に向かって、『生きよ』と言った。血まみれのお前に向かって、『生きよ』と言ったのだ。 (『聖書 …

私は考える人でありたいのか

木村孝夫詩集『私は考える人でありたい ―140文字の言葉たち―』が届く。 こちらの地方ではお盆の最後の日だ。この日にこの詩集が届き、読めたことは何が意味があるような気がしてくる。帰ってきた者が、どこかに戻っていく日。去っていった者の代わりに、この…

子どもとして/呪縛

多くの場合、小さな子どもには、親が大きな、偉大な、ほとんど神様のようなものに思えるということだ。大変な時にはいつでもそこに身を寄せることができるよりどころのように思えるということだ。 私は昔小さな子どもだったが、親をも、誰をも、そんな風に感…

これはこの世のことならず

青森県出身、在住作家・堀川アサコ『たましくる』と『これはこの世のことならず』を読んだ。 昭和六年、若く美しいイタコ千歳と、東京から青森へと居を移すこととなった幸代が事件を解決していく…といったあらすじの小説なのだが、物語の中心にあるのは、舞…

薔薇とすみれ

レ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』と伊藤裕美『カルミラ族の末裔』を続けて読みました。 どちらも女吸血鬼をモチーフにした小説です。 「あなたはわたしのものよ。きっとわたしのものにしてよ。わたしとあなたは、いつまでもいつまでも一つものよ」(『吸血鬼…

聖女伝説

〈ひとつ、お尋ねしたいことがあるんだけれど、お嬢さん。〉 そういう鶯谷の白目の中には血の色をした欠陥が網目のように走っていました。 〈どうして髪の毛をそんなに短く切ったの。どうして耳がむきだしになるまで、やってしまったの。〉 (『聖女伝説』p.…

花の代わりに祈りを

明日は二階堂奥歯さんの命日だ。 カレンダーに書いてある「奥歯さんの命日」という字。その存在感。 好きな本は多いけれど、『八本脚の蝶』は「好き」を通り越して「特別」なので、著者である彼女もまた私にとって特別な存在である。 数日前に祖母が倒れて入…

臆病と勇敢

言葉による暴力を許さないこと。この瞬間を切り取るためにペンを走らせ、声を上げること。醜い言葉を撃ち続けること。 窒息しそうなこの世界に、言葉で風穴を開けること――。 そう、これが私の答えです。 (文月悠光『臆病な詩人、街へ出る。』) エッセイが…

猪熊氏『物物』を読んで。ヨーガン・レール氏。「物」についての思想。意志。

ビーチコーミングで浜辺を歩いていると、どうしても目につくのが漂着ゴミです。発砲スチロール、プラスチックなどの「自然」に還れないものたち。すべて人間が生み出した「物」。深刻で絶望的な、どうしようもない環境問題が、目に見える/手に触れられる形…

くちづけるように

「彼女は、わたしには何も言わなかったのだ」王はささやいた。「わかるか?何も言わなかったのだ、まったく何も」 (中略) 「彼女は、わたしを見た。夢の中で、わたしを見、そして何も言わなかった」 (ピーター・S・ビーグル『最後のユニコーン』) 上記の…

二重写しの世界

すると、自分の知っている世界と重なって別の世界が視えてくるのだ。名もなく漠然とした暗い力を持つ領域、めったに目に映ることはないけれど、物語の中や詩の行間や人生で出くわしたときには、なぜかそれとわかる世界が。 (マキリップ『夏至の森』) 世界…

カルミラと獣

伊藤裕美『カルミラ族の末裔』を読み終えました。 『寄宿舎の秘密』のあとがきで伊藤さんが綴っていたように、私にとっては『カルミラ族の末裔』が、私のために書かれた物語だと思わずにはいられませんでした。カルミラという響きの美しさ。そしてリデル。 …

太宰治と津軽

太宰治が読めない。 著作の内、読んだことのあるのは、中学校にあった『人間失格』と、父が買った短編集『ヴィヨンの妻』二冊のみ。芸人の又吉先生が太宰好きを公言しているし、太宰の地元で毎年行われる太宰ファンの集まり、のニュースを毎年見ているし、同…

八本脚の蝶の標本

二階堂奥歯の名前を知ったのは、今でもとても好きなひとのブログでだった。数年前、その名前を見て少し気になったものの、それは頭の隅に置かれて、折に触れて「ああそういえば」と思い出すようなそんな名前になった。 名前は覚えたものの当時詳しいことはま…